高田輝彦は勉強がまるで嫌いで、それこそ英語でとった8点の答案を友達に恥ずかしげもなく自慢する、そんな高校生だった。 友達にも変な奴が多くて、一緒につるんでは夏休みを利用して自転車で貧乏旅をしたりしていた。 そんな調子で遊んでばかりいたものだから、大学の受験勉強なんて1分もしたことがない。 「人生なるようにしかならん」と適当な流れに乗ってたどりついたのがアウトドア系の専門学校。 森林保安官や動物保護官を目指すような学校(日本にそんな仕事あったか?)で、 当時ホーキンスのCMに出ていたWC、もといCWニコルが副校長を務めていた。
学校は渋谷にあるものの、定期的に長野県・黒姫の実習地に通う事になっていて、そこで様々なフィールドワークを勉強する。 輝彦は毎回完全に遠足と勘違いしていて大はしゃぎした。 焚き火の灰を顔に塗って映画・ランボーの真似をして実習地内を走り回り「お前、なめてるのか?」と入学早々怒られたり、寝袋に入って寝ている友達をロープで縛り上げて出れなくしては喜んでいた、相変わらず中身は小学生並みだった。
実習地は初夏を迎えた。 標高の比較的高いここは、まだ柔らかそうな若葉が風に揺れ、いたる所に涼しそうな木陰を作っている。 東京の蒸し暑さから逃げてきた輝彦には心地よかった。 ここに来ると不思議といつもより食欲が旺盛になる。
黒姫から少し行ったところに笹ヶ峰はある。 今日は植物の勉強をしながらここを歩くのだ。 「これがダケカンバ」「これはキハダ。 薬になるのよ」・・・そんな先生の解説が少し離れた所から風に乗って流れてくる。 ときおり笑い声が聞こえてくるのは、お調子者のヤスがくだらない質問でもしているのだろう。 まあ、そんな事はどうでもよかった。 ここは白樺やブナの原生林が残っている場所で、きっとこんな所にはアカアシクワガタやヒメオオクワガタがいるはずだ。 輝彦は夢中になってひたすら枝の先を探し続けた。 山道を1時間は歩いたかと思うが、まだ1匹も見つからない。 額ににじんだ汗を拭いながら遠くに目を移すと、モクモクとした夏の雲が空を賑わしていた。 「彼らの発生時期には少し早いな、今度は9月半ば過ぎに来よう」。 輝彦は授業そっちのけでそんな事をぼんやり考えていた。
山道に腰を下ろして休んでいる時に、輝彦はふと奇妙なモノを見つけた。 目の前の苔むしたミズナラの幹に黒いキクラゲのようなモノがへばり付いているのである。 しかも見ているとソレは、どうやらゆっくりと動いているようなのである。 もう一度目を凝らしてみる。 「うぉ〜、こいつらやべ〜!」輝彦は突然スットンキョウな声をあげた。 キクラゲだとばかり思っていたソレは、何とトテツモナイないサイズのナメクジだったのである。 しかも2匹。 しかも交尾中!。
周りに友達も集まってきた。 「すげーなこいつら」「でか過ぎだろ」「おさかんですね〜」。 大騒ぎするのも無理はない、何しろ業務用特大カッターに迫るくらいの大きさなのだ。
輝彦たちはこのナメクジを実習地に持って帰る事にした。 実習地にある資料室で調べてみると、どうやら彼らの名前は「ダイトウヤマナメクジ」のようだった。 輝彦は名前を付けることにした。 「上に乗っていたのがナメオ、下になっていたのがナメコ」。 さすがに特殊な学校に通ってる人ばかりで誰もしり込みしない。 「貸して貸して!」「おっ、やっぱヌルヌルすんな」 30分後にはみんなに触られすぎてナメオもナメコもぐったりしてしまった。 少しでも元気にしてあげようと流し場で軽く水をかけてあげていたところにヤスの攻撃。 「それ、塩だぞ!」。「バカかお前、死ぬだろ」。・・・時すでに遅し、ナメオは完全に天に召されてしまった。
実習地では毎晩ティピ(インディアンが使っている大型のテント)に泊まる。 中で焚き火をしながらみんなで語り合う夜は最高の瞬間なのである。 たまに魚なんかも焼いたりなんかして・・・。 「あれ、一つ変なのあんだけど?」「おい、ナメオじゃねーか!」 気づいたときには何故か串に刺されて焚き火で焼かれていた。 そして、日本が誇る最強の調味料=醤油が惜しげもなくナメオに塗られる。 「やべ、匂いたまんね〜ぞ」「これ食えるんじゃねー」「お前ちょっと食ってみ」「コレはさすがに無理でしょ」・・・牽制しあう学生達。 しばしの沈黙。 「俺ちょっといってみるわ!」「まじすか」「ナメクジっすよ」。 沈黙を破ったのは空手の角田選手を小さくしたような男・野人だった。 ガブッ! 「どうすか?」「案外旨いぞ、スルメ味だ」。 輝彦はまさにそこに男を見た。 そして、先を越されたのがちょっと悔しかった。 これからは野人なんて呼んだらダメだ。 かれは神に限りなく近い存在なんだ。 これからは神の体を持つ男「御体(おんたい)」と呼ぼう! そこからは奪い合いだった「よこせ」「やばっ、旨いじゃん」「スルメだよ」。 結局あっというまにナメオの体は無くなってしまった。
その日の夕食時にナメコの体も肉や野菜に混じって鉄板の上で焼かれていたのは言うまでもない。 大地の恵みよ、ご馳走様。 ありがとう!
ナメオとナメコ
