高田輝彦の通っていた専門学校には変な奴が多かった。 最近身内で流行っているのは「どれだけ凄いモノや食べ方ができるか」と言う単純でいて奥の深い競技だ。 先日、御体(おんたい)がナメクジを食べたのをかわきりに、シリーズチャンプを狙うべく激しいポイントバトルが繰り広げられている。 これはスノーボードなどのスロープスタイルやエクストリームスキーの大会と極めて似ている。 男気ある凄いラインを通ったり、ありえない技を繰り出して人の度肝を抜いた奴が勝ちなのだ。 定期的に学校の実習地がある長野県・黒姫で大会が開催される。審査員は大卒で学校に入ってきたリーダー格の“みっチャン”で、彼をどれだけ楽しませるかが高いポイントをゲットできるかどうかの分かれ道になるのだ。
 意外と好き嫌いの多い輝彦には極めて不利なゲームだ。 ユタチンのように激辛ソース一気飲みなんて出来ないし、生ものも嫌いなのでマサのようにアリの踊り食いなんて不可能だ! 当然、濃い味付けや火を通す事によって貰えるポイントは減っていく。 頑張ってトリカブトを少し舐めてみたりしたものの、依然評価は低い・・・。 たいした物は食べていないのだが、キヨさんが起き抜けにサッポロ一番味噌ラーメンを茹でもせずにボリボリと2袋食べた事の方が評価が高かった。 輝彦は焦っていた。

 学校は夏休みに入った。 野尻湖で釣りのしたかった輝彦達は実習地に遊びに行った。 生徒の少ない実習地はいつもより静まり返っており、けたたましく鳴きたてるセミの声を除くと風に揺れる鬼胡桃の葉の音しか聞こえない。 さっそくティピーの中にもぐりこむと大の字に横になった。 ここは最高の昼寝場所だ「あとは冷たいカルピスでもあれば、このまま眠りから覚めることがなくてもいい!」と落ちてゆく淵のぎりぎりの所で考えていた。
 「ふふふふふっ、」トシの高笑いで目がさめた。 頭の回転がやたら早いトシは親父ギャグの名手だ、恥ずかしげもなく「布団が吹っ飛んだ〜」とか言えてしまうのだ。 その勇気、見習いたいものである。 輝彦はティピーから這い出してみんなの所に移った。 みんなは捕まえて来た小さなカブトムシをいじりながら話をしていた。 こっちに気づいたトシは開口一番言い放った。 「お前、コレいけんじゃね〜!」。 寝起きの輝彦には理解が不能だった。 「えっ」 「だから、このカブトお前なら食えるんじゃね〜の!? ってこと」  「バカかお前、それは無理だろ!」 「食ったら500円あげるよ」とキヨさん。 みんな口々に言う「俺も500円やるよ、男になっちゃえよ!」。
 輝彦は昔から母ちゃんにこう教わってきた「場の空気を読むことができる男になりなさい」。 そして泣く泣く言いつけを守ることにした。 「よし、カブトいくけど唐揚げにしてくれ」。 「唐揚げか、逃げだな。 まあいいや、醤油とか味噌とかは反則だぞ。塩と胡椒だけ使っていいよ」。 なんて意地悪な連中だ、まあいいやコレでポイントリーダーは俺のものだぜ!

 輝彦のために調理の準備が進む。 釜戸に薪がくべられ、油が温められる。 輝彦は自分の腕を歩いている小さなカブトムシをただ黙って眺めていた。 「ごめんよカブト、俺の中で生き続けてくれ」。 最後のお別れが終わった頃を見計らってトシが声を掛けてきた。 「輝彦、それはカブトムシではないな」「それはカナブンだ。カブトムシとはこういう奴の事を言うんだよ!」。 ・・・トシの手にはメチャクチャ立派なツノを持った、特大サイズのカブトムシが足をバタバタさせていた。 みんな一斉に盛り上がる! 悔しいけれど、もう後には退けない。 「トシのバカ野郎」。
 油の温度は最適なようだ。 いよいよカブトムシが投入される。 ジュボッ、シュワッ、ジュジュジュジュ、衣すら付けられていない彼は生意気なぐらい良い音を立てて油の海を泳いでいる。 するとここでハプニング、焚き火の火の粉が油に入って火柱を上げたのだ。 やばいやばい、あわてる一同を横目にここでも冷静なトシ。 落ちていた雑巾を水で塗らして素早く絞り、フライパンの中に放り込んだ。 そして、火が消えたフライパンの中から黒くなったカブトムシ(元から黒いけど)を取り出すと、塩と胡椒で素早く味付け。 「輝彦、出来たぞ」。 「トシのバカ野郎〜!」。

 みんなの見つめる皿の上には、真っ黒くて雑巾くさい恐怖の揚げ物が横たわっている。 はたしてコレは食べ物と呼んでいいのであろうか? 輝彦は自分の箸先を見つめるいくつもの目玉を箸で突っついてやりたかった。 「熱いうちに食べた方が良いんじゃない」とキヨさんがあおる。 「分かりましたよ、いけばいいんでしょ」。 恐る恐るカブトムシの体をジョイントの部分から折ってみる。 うわっ、まだ中が少しトロ〜ンとしているんだけど・・・。 ジョイントのあたりを少しちぎって食べてみる。 「美味い、これササミっぽいぞ」。 続いて角。 「あれっ、沢蟹の唐揚げじゃん」。 そして問題の体。 「うげ〜、臭い。 牛糞くさい」。 湧き上がってくる吐き気との戦い。 でもそこは男・輝彦。 目をつむり泣きながらバリボリと完食。 そう言えば実習地の横は牧場だったし、きっとここいらのカブト君たちは子供時代に牛糞jをたっぷり食べて育ったのであろう。 それから2週間ほど胸焼けと、ゲップのたびに込み上げて来る牛糞臭さに悩まされてしまった。 カブトムシの成虫は食べるものではないっす・・・トホホホ。

                                         恐怖の唐揚げ





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