'98年の冬、ボクはカナダ・BC州にあるGoldenと言う小さな町に住んでいた。 自転車で北米を縦断中に冬を迎え、ここで春が来るのを待っていたのだ。 
秋にこの町に到着してから移民対象の語学学校に特別に通わせてもらっている。 とにかくボクの英語力はひどいもので、自慢じゃないけど学生時代は1か2しか取った記憶がない。 日本の中学1年生の内容ですらまともに理解できないレベルなのだ。  初めての海外旅行で空港から町までの道を人に尋ねた時のこと。 「ウェ、ウェア ダウンタウン?」、それに対して親切なおじさん 「○○○〜、you understand !?」。 ボクが聞き取れた唯一の言葉understand、しかしこの言葉の意味が解らん。 「ワット、アンドスタンド?」。 おじさんはボクの手から辞書を取るとページを開いて示してくれた。 「understand=理解する」。 なるほど、さっき言っていたのは「今の説明で理解できましたか?」って聞いてくれたのね。 すかさず習ったことはすぐ実践。 「Yes、アイ アンダスタンド アンダスタンド」。 ありがとう、おかげでunderstandの意味はunderstandだぜ、おじさん!.
 
 この旅の初めの頃にも似たようなレベルのやり取りがあった。 知り合った警察官の家にお世話になった時の事である、まず奥さんが出迎えてくれて 「your welcome」 これは1発で聞き取れた。 「ようこそ、いらっしゃい」って事ね、いいじゃん! 理解しちゃってるよ、ボク。 続いて夕飯を出してもらった。 英語では「いただきます」や「ごちそうさま」などの言葉はないから精一杯の感謝の気持ちを込めて 「thank you very much」。 すると「your welcome」と返してくる・・・意味不明!? 「ありがとうございます」に対して「ようこそ、ここへ」はないだろう! そういえば奥さんはフレンチカナディアンだし英語苦手なのかも・・・。 
 食後に今度は旦那さんが旅のお供にと大量の食料を持たせてくれた。 「thank you very much」。 すると「your welcome」えっ、旦那さんあんたもかい? もしかして・・・。 辞書を引いてみるとやっぱり。 「your welcome=どういたしまして」。 こんなレベルでよく旅してるなボク・・・。
 
 大きく話がそれてしまったけど、とにかくちょっとでも上達しようと語学学校に入った。 カナダは日本と違って比較的に難民を受け入れる国だ。 そのためコミュニティー・スクールなるものが各地にたくさんある。 ここでは地元の人が習い事をするだけではなく、難民や移民の人々に言葉や様々な技術を教えて自立してもらうきっかけ作りもしている。 ボクが入ったのは『英語初心者3ヶ月コース』 なんと1日3時間/週5日/3ヶ月で15カナダドル。 安!。 日本人はボク1人、あとはインドやカンボジア、ペルー、ハンガリーなどの人々。 もちろんABCからのスタート。 正直ボクにはこれくらいが丁度よかった。 教室を受け持ってくれたのはルース先生で、笑顔と膝までとどきそうな長いブロンドヘアーが素敵な女性だ。 ただ、初めて会った日の日記を読み返すと「笑い声が恐ろしいくらい大きくて、教室がいつつぶれても不思議ではない。 お腹に3人はオレが詰まってそうな感じだ、食べられないように気をつけよう!」と失礼な記述をしていた。・・・スミマセン。 
 
 ルース先生が素晴らしいのは、どんなにツタナイ英語でも必ず双方が理解するまで付き合ってくれること。移民対象の初心者クラスだけあって生徒のレベルは実に様々。 子供の頃に学校に通っていた経験のある人はボクとハンガリー人のジョートぐらいだし、ABCの書けない人もいる。 それでも教室は常に笑い声であふれている。 それはボクと先生のテンションが高いのもあるけど、イムがいるからだ。 イムはカンボジアからの難民で夫のソンと親戚のソニーと一緒に学校に通っている。 年齢は不詳(自分でもよく分からないらしい。 でも見た目からして45歳くらい)で3人の子供がいるパワフルお母さんだ。 彼女が教室に入ってきただけでみんなは元気になる。 大げさかもしれないけど太陽みたいだ。 笑顔・笑顔・笑顔。 イムはみんなに笑顔を振りまくために生まれたのかもしれない。 何回か彼女の家に遊びに行ったけど、いつも出てくるカンボジア料理がこれまた最高! 「美味しい? そりゃ美味しいだろうよ。 なんせあたしが作ったんだから!」って一人でまくしたてて、またカラカラと元気に笑うのだ。
 
 授業で『自分の人生で一番思い出に残っている日』をみんなに英語で説明する機会がやってきた。 全員がつたない英語と身振り手振りで話をする。 伝わらない部分に関してはルース先生が言葉を補足したり、みんなでホワイトボートに絵を描いたりしてなんとか授業は進んでいく。 ボクはジェスチャーを交えて『旅の途中で熊に遭遇した事』をみんなに説明した。 よほど話とジェスチャーが面白かったのか、みんなに腹を抱えて笑ってもらえた。 ボクは満足しながら席に着いた。
 最後はイムだ。 イムは相変わらずの笑顔でみんなの前に立つ。 何せクラスで一番の饒舌だ、どんな面白い話が飛び出してくるものか・・・。 
 「私はカンボジアの本当に小さな町で生まれました。 みんな知っていると思うけど、私の国は戦争をやっています。 子供の頃からたくさんの危険な目に遭ってきました。 私の忘れられない日はいっぱいあるけど、ベトナムの難民キャンプに逃げた日の話をします」。 ・・・それまで賑やかだった教室が一瞬で静まり返る。
 その日、私たちは国を捨てて逃げる事を決めたの。 激しくなる内戦で食料はなくなるし、身の回りでは毎日人が死んでいった。 生まれたばかりの赤ちゃんにお乳をあげたくても栄養不足で乳が出ないし、子供と病気がちの夫も何とかしてあげたい。 ベトナムまで行けば状況はここよりはるかにましだと聞いていたし・・・。 夜がくるのを待って仲間達と移動を始めたの。 暗くて地雷を踏む確立は昼間よりさらに高くなるけど、一斉射撃をくらう確率が若干少なくなるからね。 背中に赤ちゃん、左手は子供とつないで歩いたわ。 体の弱い夫は空身でもフラフラしながら私の後を歩いてきた。 歩き出して2日目に仲間が地雷を踏み抜いたわ。 前の方でバーンってすごい音がして・・・。 空から小石と一緒に千切れた体の一部が落ちてきたの。
 その次の日に赤ちゃんが死んだわ。気が付いた時には冷たくなっていたの。 でもね、背中から下ろせなかった。 「今見ているのは夢で、次に私が目を開けたら、きっと元気にお乳をおねだりするんだから!」って、でも半日もしたら事実を認めないといけなくなったの。 青黒くなった赤ちゃんには虫がたかりだして、ものすごい匂いがしはじめた。 暑いから腐乱も早いのよ。 仲間に言われて土に埋めたの。もう不思議と涙は出なかったわ。 日に日に仲間が死んでいった。地雷もそうだけど大半は栄養失調ね。まあ、何日も水しか飲んでいないからしかたなかったわ。 誰もが疲れていた・・・。
 イムはまるで昨日の事のように淡々と話続ける。
 ある日、ソンが倒れたの。 耳を当てると彼の心臓は動いていなかった。 私は狂ったように仲間と人工呼吸とマッサージをしたの。 子供も心配そうに見ていたけど、とにかく今できる事はそれしかなかった。 「神様、これ以上私を苦しめないで!」って何度も何度も彼を揺すったわ。 そうしたら奇跡が起きたの。 彼の心臓が動き出した。 ドクン、ドクンって。 私はそこから3日間ソンを背中に背負って、時には引きずってベトナムに・・・」 イムはそこまでいっきに喋ると嗚咽をあげて泣き出した。 ルースはそっとイムを抱きしめると一緒になって声を上げて泣いた。 「イム、辛かったのね・・・ゴメンね思い出させて」。
 ボクは何も言えず、ただ黙って自分の机に広がっていく青いシミを見ていた。 しばらくするとイムは精一杯の笑顔でこう言った。 「私は運良くカナダに来れた。 今は幸せだよ。 やりたいと思った事が自由にできる・・・これは幸せなことだよ。 みんな、当たり前のことが当たり前にできる。 これは本当に幸せなことなんだ!」。 
 ボクはイムの笑顔が眩し過ぎて、いつまでも顔を上げる事ができなかった。 外では優しく太陽が微笑み、春の気配を感じさせる冬の終わりの日だった・・・。

                                            イムの涙



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